リンパ浮腫治療

リンパ浮腫に対する治療

リンパ浮腫に対する治療の基本は、複合理学療法です。具体的に複合理学療法とは、① 圧迫治療、② 運動療法、③ ドレナージ、④ スキンケアの各々を同時に進めていくことです。この治療方針も日本リンパ学会と日本産科婦人科学会で推奨している、リンパ浮腫治療ガイドライン(2008 年度版)に記載されているように、「Best practice for the management of lymphedema」にのっとった方針で進められるのが最良と考えます。
しかし、患者個々の背景を察し(現在の癌の進行状態、社会的背景、金銭面、在住地など)、継続的治療が可能な治療方針を提示することも必要です。これらの要因を考慮し、初期治療計画を立てる事が重要です。医療従事者が、継続不可能な治療計画を提示することで、浮腫の治療が断念され治療に失敗する事が、大きな問題みなるためです。
またリンパ浮腫治療にあたり最も重要なことは、リンパ浮腫は、「慢性疾患」であることを医療従事者も患者も認知することです。短期間の集中治療で、ほとんど多くの患者の症状は軽減するが、これは医療従事者の自己満足でしかありません。
リンパ浮腫の治療を成功させるための鍵は、患者をいかに長期にわたり(一生涯)良い状態を維持させることができるかです。このために、個々の患者にたいして、自己管理を徹底するように啓蒙する事が医療従事者の勤めです。

① 圧迫治療(推奨グレード:C)

ストッキング(30mmHg ~ 50mmHg )、多層包帯法などが一般的。
多層包帯法は熟練が必要なために、私的には、ストッキングの着用上から、数個の弾性包帯(Comprilan、Rosidal K など)でさらに固定することで、疑似多層包帯法状態を作ることができ、比較的好成績を得ています。この方法は、通院ができない患者も自宅で比較的簡便に実践でき好評です。

② 運動療法(推奨グレード:D)

患肢挙上、歩行、水泳、自転車、軽いエアロビクスなど、軽度から中等度の負荷から始めるようにする。
当院では、YALSE(当院オリジナル運動療法+シンプルリンパドレナージ)という、大きな腹式呼吸法とストレッチ、浮腫の四肢を挙上した状態での有振運動を中心としたプログラムを紹介し実践しています。体幹部や内臓周囲の太いリンパ管(輸送リンパ管、リンパ本管)は、リンパ管が伸展する刺激が加わると、リンパ管内の平滑筋が収縮を起こし、リンパ液の流れがよくなるという生理学的な機序を応用した方法です(後述)。
また、体位ドレナージとして臥位の状態で浮腫んでいる四肢を高く上げて、有振運動も行なっています。

③ ドレナージ(推奨グレード:C)

マニュアルリンパドレナージ(MLD)、シンプルリンパドレナージ(SLD)。
MLD はリンパ管の側副路(迂回路)に、リンパドレナージの施術者がリンパ液を誘導し、溜まっているリンパ液や組織液を廃液する事を目的とした手技です。
SLD は、患者自身や家族が、セルフドレナージとして自宅で行えるように医療従事者が患者に積極的に指導する事が重要です。

④ スキンケア(推奨グレード:B)

スキンケアの概念は、蜂窩織炎の予防です。リンパ節切除後の蜂窩織炎は、リンパ浮腫の発症憎悪の危険因子になります。このために、日ごろから乳がん患者などは、患測の腕に対し、また婦人科癌などは、両下肢に対して、傷、日焼け、しもやけ、爪切りの際の深爪、水虫、ペットの引っかき傷に注意するように促すようにする事が重要です。

⑤ 肥満(推奨グレード:C)

Werner やGoffman らのデーターからも、BMI が高いほどリンパ浮腫の発症が高く、重症のリンパ浮腫に関係している事がわかっている。
このために、BMI30 以上の患者は、ダイエット指導が必要です。

⑥ 外科治療(推奨グレード:D)

リンパ管吻合術などのマイクロサージャリーなどでも多くの有効報告を認めています。
この手術の場合、高度の術式を要するために術者の技量も問われると考えます。
当院では病診連携しているイムス札幌消化器総合病院形成外科でリンパ管吻合手術を実施しています。

⑦ 間欠的空気圧ポンプ(メドマー、ハドマーなど)(推奨グレード:D)

Szuba らは圧迫治療とマニュアルリンパドレナージ、間欠的空気圧ポンプの組合わせて治療する事でリンパ浮腫の改善における有効性が認められたとしている。
このデーターから、間欠的空気圧ポンプの単独使用の効果は疑問的であるが、鎖骨下静脈までの側副誘導路を形成してから、使用することで改善される可能性があると考えます。
当院では、当院オリジナルエクササイズのYALSE を施行した後に、間欠的空気圧ポンプ(持参している患者に対して)を使用するように促しています。

⑧ 薬物治療(推奨グレード:E)

1993 年にCasley-Smith らが報告した、リンパ浮腫に対するクマリン(誘導体)の投与に関しては、同様に複数の報告例でも有効性が示されていますが、1999 年Burgos らは無効であると報告をしています。クマリン投与による副作用である肝障害例も多数認め積極的に行われる治療ではないと考えます。また、利尿剤の服薬に関しては、有用性を示す根拠は全く示されていません。
私的には、蜂窩織炎を頻回に繰り返す患者に対して、柴苓湯の服用が、蜂窩織炎の予防的効果を認める場合がある為、使用する事があります。

⑨ 腰部交感神経ブロック

私が1999 年に報告した方法。自律神経には、交感神経と副交感神経があるりますが、足を調節する自律神経のうち交感神経を遮断することで、副交感神経を優位にしてリンパ液の流れを改善させる方法です。
本ブロックを施行した103 例中、67.2%の有効率でリンパ浮腫の軽減が認められました。浮腫が発症してから6カ月以内にブロックを施行した際の有効率は、91.3%で、発症してから早い時期に交感神経ブロックを施行するのが有効と考えます。

⑩ 加振式磁気温熱療法

近畿大学の大熊守也先生の発案された理学療法。弾性包帯を着用した状態で、加振式磁気温熱器を1日1 時間、20 日間施行する方法で、約90%の有効性を認めたとの報告があります。

⑩ 推奨グレード(2008 年 リンパ浮腫ガイドライン)

A
有効性を示す十分な根拠があり、十分な臨床的合意があると考えられる。
患者の意向に一致し、効果が評価される場合、行うことを強く推奨する。
B
有効性を示すある程度の根拠があり、十分な臨床的合意があると考えられる。
患者の意向に一致し、効果が評価される場合、行うことを推奨する。
C
有効性を示す根拠がないが、ある程度臨床的合意があると考えられる。
患者の意向に一致し、効果が評価される場合、行うことを推奨し得る。
D
有効性を示す根拠がなく、臨床的合意も不十分である。行うのは、患者の意向を十分検討し、かつ、効果がしっかりと評価される場合に限ることを推奨する。
E
無効性、有害性を示す十分な、または、ある程度の根拠があり、十分な臨床的合意があると考えられる。行わないことを推奨する。

以上よりリンパ浮腫に関して、決定的な治療方針はないという結論です。只大きな福音は、2008 年4月に、以前私が参加していた厚生労働省のリンパ浮腫に関する班研究会で提示した、リンパ浮腫の圧迫ストッキングの治療効果データーをもとに、ストッキングの保険適応化がされたことです(データー1)。
リンパ節摘出術を行った患者を注意深く観察し、少しでも浮腫がある場合はできるだけ早期に、1期の段階で圧迫ストッキングを着用するように指導する事が、私たち医療従事者として最も重要な事です。
また、唯一推奨グレード:B である、蜂窩織炎は、リンパ浮腫の発症憎悪の危険因子になるために、蜂窩織炎の予防のための上記のように、スキンケアがとても重要です。
それと同時に、早期の蜂窩織炎を見落とさないように患者を啓蒙する事を徹底する事が重要な事です。
もし蜂窩織炎になった場合でも、早期に発見し治療する事で、比較的短期間に改善する事が出来ます。基本的な蜂窩織炎の対応としては、ストッキングの装着やドレナージ(ハドマー・メドマーも含む)の中断をした上で、1)安静、2)下肢や上肢の挙上、3)局所冷却(湿布などの使用も可)、4)抗生剤の内服をさせる事です。適時CRP、WBC を含めた結果を確認し、1週間以内にCRPの改善が認められない場合は、速やかに入院加療をするのが良いと考えます。